妊活・不妊治療

2人目も不妊治療 諦めたときに妊娠

妊婦さん

結婚年齢が年々上がる中、不妊治療で病院に通う方は今とても増えています。

周りのママさん達の中にも、通院していた人はとても多く、
また、一人目は難なくできたけれど、二人目がなかなか・・・
という二人目不妊で病院に通う方も多く見受けられます。

特に上の子が成長するにつれ、
周りのお友達に兄弟ができ始めると、
「ママ、私(僕)も赤ちゃん欲しい」なんて言われて
困ってしまったことがあると思います。

最初はその内できるでしょうと気軽に考えていたけれど、
上の子との年齢がどんどん離れていくにつれ、
慌てて病院に駆け込む・・・なんてことも今や珍しいことではありません。

私が不妊治療に訪れた病院で最初に言われたことは、
「過去の妊娠は、今妊娠できるという証明にはなりません。」
ということです。

当然過去の年齢より、上がっていることはもちろん、
以前の妊娠時にはなかった何かしらの問題が、
体の中で生じている可能性もあるということです。

私の場合一人目の妊娠も、7年がかり、8回目の人工授精にして叶ったので、
2人目も当然のように病院に通うこととなりました。

上の子同伴での通院


上の子が1歳になったと同時に、2人目の妊活をスタートさせました。

まず、病院選びです。
一人目の不妊治療で通っていた病院は不妊専門のクリニックでしたので、
こちらに行くことはできないと思いました。

なぜなら、子どもの「こ」の字を聞くのもつらい状態で、
子どもを連れてクリニックに来ている方を見ると、
気持ち的に非常に辛かったのを覚えているからです。

こんなことを思ってはいけないのですが、
どうしても「一人いるんだからいいじゃない・・・。」
と言う気持ちが沸いてきてしまうのでした。

不妊治療で通っている方の気持ちがよく分かっていたので、
妊婦さんに紛れて通える、産婦人科で不妊外来をしている病院を選びました

それにしても上の子はまだ1歳になったばかりでしたので、
診察台に上がる時も、子どもを抱っこしながら診てもらうといった感じでした。

最初はタイミング法から初めて、
すぐに人工授精にステップアップしようと思っていたのですが、
2回目のタイミングであっさりと自然妊娠しました。

しかし残念ながら、7週後半で初期流産となってしまいました。

その後も数回タイミング法を試みますが、妊娠できませんでしたので、
人工授精にステップアップしました。

大抵のクリニックはそうだと思いますが、
「人工授精の時はお子さんは連れて来ないでください。」と言うのが普通です。

こちらの産院でも同じように言われましたが、
当時私が住んでいた地域は一時保育がパンパンでした。

人工授精のように、「じゃあ明日やりましょうか」となってから施設に電話をかけても
預かってもらえる確率はほとんどありませんでした。

両親は近くにいないですし、
主人にその度に会社を休んでもらうというのは不可能でした。

病院側に「子どもを預けられなかったらどうしますか?」と聞いたところ、
「ま~その時はしょうがないですね・・・」と言うことでしたので、
土曜日に人工授精になった時以外は全部上の子を連れて行っていました。

普通の診察の時は子どもを抱いて診察台に上がっていましたが、
人工授精の時は抱くことはできないとのことでした。

人工授精は処置を行ったあと、10分ほど横になっていなければなりません。
処置も合わせると、短くても15分は私の横でじっとしていなければならないのです。

1歳の子にそんなことができるのでしょうか・・・
でもそれができなければ人工授精を受けることができなくなってしまいます。

考えた末、人工授精の度に、新しいシールを貼るような本を持って行き、
私の横に立たせて、シール貼りに夢中になっていてもらう・・・
ということで、何とか乗り切りました。

2人目は諦めた


人工授精12回目が不発に終わった時、
もう2人目は諦めようと言う気になっていました。

今までは兄弟がいないと可哀そう・・・という考えしかありませんでしたが、
一人に愛情のすべてを注ぐのも悪くない。
二人だとお金が倍かかることになるし、
一人の方がいいのではないか・・・と考えるようになっていました。

そこで、長男のうさお君に
「兄弟居なくていいよね?ママとパパいるしね。」と聞いたところ、
「嫌だ、欲しい。〇〇ちゃんや〇〇君かわいいんだもん。」
とのことでした。

仲良しのお友達には皆弟や妹がいたのです。
うさお君はそれが羨ましくて仕方がなかったのです。

そうは言っても、できないものはできないのですから仕方がありません。

「それじゃあママもうちょっとだけ頑張ってみるけど、できなかったらごめんね。」
と言って最後にもう1回だけ人工授精を受けることにしました。

13回目 最後の人工授精


主人にも先生にも「次で最後にする」と伝え、
もはや心残りはありませんでした。

そして、これからはうさお君が一人っ子でも淋しくないように、
すべての愛情を注いで育てていこうと決心しました。

さて、次の排卵日が近づく中、主人が39.3度の高熱を出しました。
主人の平熱は35.5度です。
普通の人からすると40度以上の熱が出たのと同じくらいの辛さです。
その後何とか熱が下がり、その3日後が人工授精でした。

主人は病院から漢方を処方されていましたが、
風邪薬を飲んでいた為、その漢方も直前には飲んでいませんでした。

この漢方を飲むと精液検査の結果も良かったので、
病み上がりで、漢方も飲んでいないという最悪のコンディションでした。

そんなことで、うさお君には申し訳ないけれど、
最後と決めていたので、どんなコンディションだろうと、
これが私の人生最後の不妊治療の締めくくり。

一人目と二人目合わせると、不妊治療歴約10年。
本当にいろいろありました。

でも、本当に悔いはありません。

子どもも一人授かりましたし、これでいいのです。

心はとても晴れ晴れとしていました。

諦めたら できた


さて、子連れでの大変な通院も終わり、
普通に毎日を過ごしていました。

ある日、家の片づけをしていましたら、
大量の排卵検査薬と1本の妊娠検査薬が出てきました。

もう使わないし、もったいないな・・・
でも排卵検査薬はもう使えませんが、
妊娠検査薬は今なら使えます。

カレンダーで、日付を確認しましたら、
生理2日前でした。

生理予定日の1週間後から使えるものでしたが、
今使わなければこれはただ捨てることになります。

「もったいないから使おう」とトイレに行き
検査薬を使ってみると・・・うっすらと陽性反応が・・・

うそでしょ~!!!!何かの間違いじゃ~?!

慌てて薬局に走って行き、
違うメーカーのものを買って、試すも・・・・陽性。

「やった~!」というより、もうただただ唖然とするばかりでした。

よく『諦めたらできる』と聞きますが、
まさか自分の身にそんな奇跡的なことが起こるとは思っていませんでした。

まとめ


今回の妊娠のポイントは2つあったと思います。
1、妊娠を諦めていて、全然期待していなかったこと
2、主人が高熱を出したことにより、
遺伝子レベルで命の危機を感じ、子孫を残そうとした(のではないかな?)

ものは試しで、排卵日の直前に命の危機を感じるほどの
ジェットコースターに乗ってみるのもいいかもしれません。

お出かけして気分も楽しくなりますし、
それが旅行だったら尚いいですね。

『楽しく妊活する』これはとても難しいことかもしれませんが、
もしかすると一番大事なことなのかもしれません。

私は2人合わせて10年間という長い妊活となってしまいましたが、
それによって得た物もたくさんあります。

例えば、この妊活期間がなかったら、
子どもの教育についてじっくり考える間もなく子育てに追われ、
子供にとって大事な期間を無駄に過ごしてしまっていたかもしれません。

今皆さんが直面している問題も、後になって考えてみたら
良かったと思えることもたくさんあると思います。

是非、今を楽しんでください。
そして、皆さんに幸せが訪れますように。